磯部町|介護事業と両立しながら週3日だけ開く、冷めても美味しいコーヒーが魅力の「綾珈琲(あやコーヒー)」

磯部町|介護事業と両立しながら週3日だけ開く、冷めても美味しいコーヒーが魅力の「綾珈琲(あやコーヒー)」

金沢市の北部エリア。金沢城北市民運動公園から磯部大橋へと向かう道すがらに、週に3日だけ静かに明かりを灯す場所があります。店名は「綾珈琲(あやコーヒー)」さん。火曜日、木曜日、土曜日のみという限られた営業スタイルながら、2026年で11年目を迎えるこのお店は、知る人ぞ知るディープな人気を誇るコーヒーショップです。
単なるカフェとしての枠を超え、ここには元オリンピック選手とともに作り上げたブレンドや、白山の山頂という極限の環境で生まれたブレンドなど、1つひとつの豆に語り尽くせないほどの物語が詰まっています。介護事業を経営しながら、自ら焙煎機に向かい、コーヒーの深淵を探求し続ける店主の綾(あや)さん。その情熱と、お店に集う人々が織りなす温かな日常の風景を、じっくりと紐解いていきます。

冷めていく時間さえも愛おしくなる、物語を1杯に込めた「綾珈琲(あやコーヒー)」

磯部大橋近く、介護事業所と歩みをともにする特別な場

「綾珈琲」さんのある場所は、金沢城北市民運動公園からほど近い住宅街の一角です。車でのアクセスが便利なロケーションで、お店の前には広々とした4台分の駐車場が確保されています。

ふと隣に視線を移すと、介護関係の事業所が並んでいることに気づくでしょう。実は、この「綾珈琲」さんは、「介護相談いそべ」を経営されている綾さんが、その傍らで営んでいるカフェなのです。週3日という営業日は、本業である介護の現場を大切にしながら、もう1つのライフワークであるコーヒーにも全力を注ぐための、誠実な選択の結果。営業日が限られているからこそ、通りがかりに看板が出ていたり、窓から明かりが漏れていたりするのを見ると、「今日は開いている!」という、日常の中の小さな宝物を見つけたような特別感に包まれます。

 

「営業していなくても何か買えるように」という気遣いから生まれた自動販売機

レンガの質感と木材が美しく調和した外観は、どこか懐かしく、初めて訪れる人をも優しく受け入れてくれるような安心感があります。そんな建物の前でパッと目を惹くのが、「綾珈琲」さんのロゴが大きく描かれた自動販売機です。

よく見ると、自販機には介護相談の案内が掲示されていました。カフェ内でも介護に関する話をするお客さまがいらっしゃるそうで、オリジナル自販機だからこそできる遊び心と、地域への目配りが感じられます。

また、一見すると「ここでいつでもコーヒー豆が買えるのか」と期待が膨らみますが、実際に並んでいるのは一般的な飲料です。ここには、綾さんの優しさが詰まったエピソードがありました。

「週3日しか営業していないので、せっかく来てくださったのに閉まっていた、というお声を聞くことが心苦しくて。営業日以外でも豆を買えるようにと導入したんです」

現在は鮮度管理の難しさから飲料の販売に留まっていますが、「せっかく来てくれた方に、何か少しでも提供できれば」というその想いこそが、お店を象徴するホスピタリティそのものです。

 

1枚板の梁カウンターの木の温かさ感じる空間

店内に入ると、カウンターを貫く分厚い1枚板の梁に目を奪われます。地元の大工さんに直接依頼し、インスピレーションに任せて作られた空間。大人6人がかりで設置したという巨大な梁は圧巻です。1枚板のカウンター4席、4人掛けテーブル2卓、窓側カウンター2席の合計14席。天井が高く、落ちつくようなゆったりとした時間が流れています。

 

短編小説のような物語を持つ、オリジナルブレンドの数々

「綾珈琲」さんの最大の魅力は、自家焙煎のオリジナルブレンド。メニューはコーヒーと甘めのドリンク、ケーキのラインナップで、1,000円ほどで楽しめます。今回、私はこちらの魅力を存分に味わえるセットを注文しました。

 

●綾ブレンド 600円(税込)

主役の「綾ブレンド」は、すべてサーバーで提供されるため、カップ約2杯分のボリュームがあります。淹れたての熱い状態では、凛とした苦みが心地よく鼻を抜けます。しかし、ときが経って温度が少しずつ下がってくると、それまで隠れていた甘みや深いコクが、じわじわと表面に現れてくるのです。

 

●ガトーショコラ 400円(税込)

続いてガトーショコラ。フォークを入れると、その絶妙な感触に驚かされます。重すぎて喉が渇くようなこともなく、かといってパサつくこともない。しっとりと軽やかさのちょうど真ん中をゆくような、身体にスッとなじむ食べ心地です。その優しい甘さは、あくまでコーヒーの香りを引き立てるための名脇役として計算されています。

コーヒーを味わいながら、ふと店主・綾さんに「この綾ブレンド、とてもバランスがいいですね」と声をかけると、意外な答えが返ってきました。

「実は、これは私の最も好きな味というわけではないんです。酸味、コク、甘みのバランスを極限まで中心に寄せているんです。これを飲んだ方が、どの要素を1番強く感じたかによって、その方の本来の好みが判明するんですよ。酸味を強く感じたなら次は浅煎りの豆を。コクを感じたなら深煎りの豆を。いわば、コーヒーの広大な世界を歩くための羅針盤なんです」

なるほど。自分の好みを言語化できるようになれば、他のお店に行っても「コクのあるコーヒーをください」と伝えられるようになる。それは、コーヒーという文化を楽しむための大きな1歩です。他にはどんなブレンドがあるのか尋ねると、綾さんは嬉しそうに話し始めました。1つひとつの豆には、まるで短編小説のような背景があります。

ローイングブレンド|元オリンピック選手と作った「もう1回漕ごう」と思えるコーヒー

綾さんの義理の弟である中野(なかの)さんは、元ローイング日本代表としてオリンピックに出場したトップアスリートです。このブレンドは、そんな中野さんのリクエストから生まれました。

「彼が好きな味を一緒に追求して完成したとき、『疲れたけれど、もう1回漕ごうと思える。そんなパワーをもらえるコーヒーだ』といってくれたんです」

強い苦みではなく、味をより濃く感じられる1杯。コクや甘さもしっかりと感じられ、極限まで自分を追い込むアスリートが認めた力強さがあります。仕事で壁にぶつかったとき、あるいはもうひと踏ん張りしたいとき、このコーヒーが静かに背中を押してくれそうです。

 

マウンテンブレンド|白山の頂で偶然生まれた透明感のある味わい

標高による味の変化を確かめるために、ほぼ全種類の豆を背負って白山に登ったという綾さん。山頂の澄んだ空気と冷たい水。過酷な環境の中でドリップを繰り返すうちに、偶然にも最高の配合が見つかったといいます。

「綾ブレンドに近い味わいなんですが、より濃いめで少し苦さを加えたような感覚なんです」と綾さん。白山の神々しい景色の中で生まれたこのブレンドは、山の清々しさを感じながら、しっかりとした飲みごたえを楽しめる1杯です。

「うちはあくまでコーヒー屋ですから、コーヒーをサブにはしたくないんです」と語る綾さん。チーズケーキやガトーショコラなどのスイーツは、すべてコーヒーの風味を邪魔しないさっぱりした後味に調整されています。日常的にコーヒーを楽しんでほしいという綾さんの願いが、1,000円ほどというリーズナブルな価格設定にも現れています。

 

「私自身がすぐに飲む人じゃないから」冷めても美味しいコーヒーを追求する理由

「綾珈琲」さんのコンセプトである「冷めても美味しいコーヒー」。その根底には、綾さん自身のライフスタイルがありました。

「私自身、コーヒーを淹れてもすぐに飲み干すタイプではないんです。仕事中や本を読んでいるとき、ふとした合間にひとくち。だから、淹れたての感動はもちろんですが、ときが経って冷めてからも雑味が出ず、むしろ温度が下がることで変化する味わいを楽しめるように焙煎を工夫しています。日常的にコーヒーを飲むときくらいは時計を気にせず、自分のペースで味わっていただきたいんです」

この「冷めても美味しい」という哲学は、現代を生きる多くの人々にとって、救いのような優しさを持っています。冷たくなったコーヒーを口にしたとき、そこに予期せぬ甘みを見つけたら。それは、慌ただしい毎日に小さな余裕をくれる瞬間になるはずです。

 

独学で歩んだ11年。常連さんとともに育ち、地域に開かれた場所へ

「私はもともと、ただのコーヒー好きの一般人。お店に立ちながら、お客さまに育てていただき、ともに勉強してきた11年でした」と語る綾さん。その謙虚な姿勢が、初心者にとってこのお店を居心地のいい場所にしています。

店頭で朗らかな笑顔を見せるスタッフさんは、実は元ケアマネージャー。介護の現場を知るからこその相手の話に深く耳を傾ける「聞く力」は、訪れる人々を自然と笑顔にし、誰もがいつの間にか常連さんになってしまうような空間を創っています。

「関わった方がみなさん常連さんになってくださるんです。うちの味を気に入って、通ってくださる。みなさんに支えられて、今の綾珈琲があります」

初めて訪れた私に対しても、まるでもう何年も通っているかのような親しみやすさで接してくださる。そんな温かなコミュニケーションも、このお店の大切な隠し味です。

また、綾さんは自身の経験を惜しみなく分かち合うことでも知られています。カフェ開業を夢見る人の相談に乗ったり、ときには介護に携わる人々のコミュニティの場としてお店を開放したり。成功を独占せず、地域のカルチャーを育もうとするその姿勢が、この場所を特別な磁場に変えています。

介護事業を主軸に据えながら歩んできた11年。カフェでありながら地域のコミュニティスペースであり、誰かの夢を支える場所でもある。「綾珈琲」さんは、金沢の街においてなくてはならない存在です。

「今日やってるんだ」という喜び。扉を開けたときの木の香り。そして、ゆっくりと冷めてゆく中で深まっていくコーヒーの甘み。慌ただしい日常を少しだけ止めて、自分を取り戻す時間を過ごしに、ぜひ足を運んでみてください。そこには、温かな1杯と心優しい人々との出会いが待っています。

INFORMATION

店名:

綾珈琲

住所:

石川県金沢市磯部町ヲ4番地3
(駐車場4台)

電話番号:

076-209-7362

営業時間:

10:00〜16:30

定休日:

月曜日・水曜日・金曜日・日曜日

一人当たりの予算:

〜¥1,000

※記事内の情報は記事執筆時点のものです。正確な情報とは異なる可能性がございますので、最新の情報は直接店舗にお問い合わせください。

WRITTEN BY
ほしのつづみ

ほしのつづみ

ライター

 これまでコーヒー専門店での経験を経て、現在は地域のお店を取材し、その魅力を伝える活動をしています。  お店を訪れると、店主の想いが空間や商品に形となって表れ、その景色に心を動かされてきました。  私は、その想いを読者に伝わる言葉へと変えていく「媒体」でありたいと考えています。金沢を拠点に、地域で挑戦するお店や人々の魅力を、丁寧に届けてまいります。