東山|低い扉の先に、メルボルンがある。「Nonstop Coffee Stand & Roastery(ノンストップコーヒースタンドアンドロースタリー)」

東山|低い扉の先に、メルボルンがある。「Nonstop Coffee Stand & Roastery(ノンストップコーヒースタンドアンドロースタリー)」

金沢・東山の静かな通りに、ふっと異国の空気が流れ込む場所があります。ワイングラスで香りを楽しむコーヒー、聞き慣れない「マジック」というメニュー、そして店主の山本さんの言葉の端々ににじむメルボルンへの深い愛。「Nonstop Coffee Stand & Roastery」さんは、ただコーヒーを飲む店ではなく、遠い街で出会った文化を、金沢の日常に少しずつ根づかせている場所でした。

自分のいるところをメルボルンにする、「Nonstop Coffee Stand & Roastery(ノンストップコーヒースタンドアンドロースタリー)」

ひがし茶屋街のにぎわいを外れた、低い扉の先へ

「Nonstop Coffee Stand & Roastery(ノンストップコーヒースタンドアンドロースタリー)」さんは、ひがし茶屋街の中心から少し離れた東山の一角にあります。金沢駅からはバスで「橋場町」まで向かい、そこから歩いて約5分。目当ての1杯を飲みに、少し足をのばして訪れたくなる場所です。

入口は、低い扉です。しゃがむようにして中へ入ります。頭をぶつけないよう、自然と身をかがめることになります。最初は入口がないと焦りましたが、これが入口です。

 

コーヒーと、好きなものが集まる場所

この日、店にはひとり、お客さんがいました。東京へ行く前にコーヒー器具を一式ここで揃え、自分で淹れるようになったそうです。それでも金沢に帰ってくると、「ここに行かなあかんな」と思う。コーヒーの味だけではなく、雰囲気も含めて「ここ」なのだと話していました。

店内には、店主・山本さんの好きなものがさりげなく置かれています。なかでも印象的なのが、架空の旧車バイクのカスタムショップ「NCW(NONSTOP CYCLE WORKS:ノンストップサイクルワークス)」です。

NCWは、「Nonstop Coffee Stand & Roastery」さんが運営する架空のカスタムショップ。設定上は、車検や整備、各種カスタムに対応しているというものです。もちろん実在する会社ではありませんが、その定番Tシャツが一般販売されています。冗談のつもりがいつの間にか商品になっている。そういう一面も、この店らしさです。

コーヒーを軸にしながら、好きなものが自然に集まり、人と人の会話が生まれていく。好きなものを隠さずに置いている。それが、この店の居心地になっています。

ここはコーヒー焙煎がメインのため、イートインスペースは室内に1席と立ち飲みが主流です。外にも1〜2人が座れるベンチがあります。

 

メルボルンで出会った「マジック」という1杯

「Nonstop Coffee Stand & Roastery」さんで印象的なのが、メルボルン由来のコーヒーメニューです。

たとえば「マジック」。聞き慣れない名前ですが、山本さんによると、別名は「ストロング・スリークォーターフル・フラットホワイト」。つまり、エスプレッソを強めに、ミルクは少なめにした、すでにカスタムされた1杯だそうです。

オーストラリアでは、自分好みにコーヒーをカスタムする文化があります。「ストロングラテにして」「ミルク少なめで」といった注文が日常的に交わされます。その中で、エスプレッソを強め、ミルクを少なめにする注文が1つの形になったのがマジックです。

「マジックをカスタムするっていうことは、まあないですね。もうカスタムされたものなので」

フラットホワイト、ピッコロ、ショートマキアート、ロングマキアート。それぞれの名前の由来や、エスプレッソとミルクの割合、ミルクに含まれる空気の量まで、山本さんの説明はとても具体的です。

なかでもマジックは、その土地を知っているかどうかが出る1杯です。

「メルボルンにしかない飲み方なんで、メルボルンを経験した人しか作れないし、知らないし」

メニューは、エスプレッソを使ったさまざまなラテや、スペシャルティコーヒーがそのときどきで10種ほど用意されています。訪れるたびに、その日の豆や気分に合わせた1杯に出会えるのも魅力です。

●マジック

実際にマジックを飲んでみると、カフェラテやフラットホワイトとは明らかに違いました。ミルクのまるさが前に出るのでもなく、苦味や酸味が張るのでもない。コーヒーのおいしさの、1番好きな部分のコクだけを凝縮したような味わいで、ひとくち飲むたびに満足が残ります。量は多くないのに、飲み終えるころには何か達成感がありました。

シングルオリジンコーヒーは、注文前にコーヒー豆の香りをかぐことができます。飲む前に豆の雰囲気を知れるのが、うれしいです。

●PERU (ICED)

もう1杯、ペルーのアイスコーヒーもいただきました。こちらはマジックとは対照的で、すっきりとさっぱりした味わい。口の中がすっと軽くなります。

※価格や商品のラインナップは取材時のものです。店内での撮影は禁止となっていますが、今回は特別に許可をいただいて撮影しています。

営業日や時間はInstagramで確認できます。メニューも変わることがあるので、その日の1杯との出会いを楽しみたいですね。

 

悔しさが、メルボルンへ連れて行った

店主の山本さんがオーストラリアへ渡ったのは31歳のときです。その原点は子どものころ、父親に促されて続けたNHKラジオの「基礎英語」でした。

「小学校1年から6年生まで、1回も欠かすことなく。なぜなら親父が隣で見張ってるから」

中学校で英語の授業が始まると、自分にはすでに積み重ねてきたものがありました。そこで初めて、英語が楽しいと感じたそうです。

決定的だったのは、大阪・日本橋の駅での出来事でした。外国人の夫婦に道を聞かれ、一生懸命答えようとしたものの、うまく案内できませんでした。

「道すらも教えられねえのか、って。結構悔しくて」

海外に住むのが手っ取り早い。そう思い、2018年、メルボルンへ渡りました。

語学学校を経てシェアハウスに移ると、同居人の男性2人がバリスタでした。当時の日本では、メルボルンで働く日本人バリスタは「すごい人」という印象だったそうです。

引っ越して早々、1人にバーベキューへ誘われました。行ってみると、20人ほどの日本人バリスタが集まっていました。山本さんが見たのは、コーヒーを淹れる姿ではなく、オフの日に公園でバーベキューを楽しむ姿でした。それでも、強く心を動かされたといいます。

「オフの日に公園でバーベキューしてる姿しか見てないけど、かっこよかった。やりたいことを持って海外まで来てる人たちって、オフもすげえキラキラしてんだよ、みたいな」

「あ、この人たちは本物なんだ」

そう感じた瞬間、コーヒーを仕事にしたいという気持ちが芽生えました。

バリスタを目指すとは、誰にも宣言しなかったそうです。

「もし諦めて日本に帰るってなったとき、僕は諦めたやつになるんですよ。それがすごく嫌だったので、誰にも宣言しなかったです」

まずはカフェの皿洗いとして働き始めました。面接で「いつかバリスタを目指している」と伝えると、「ここで2年間皿洗いをしても、バリスタは絶対させないからね」と言われたそうです。それでもよかったといいます。バリスタの動きを近くで見られることに価値があったからです。

初めて仕事としてコーヒーを作る機会が来たのは、ハウスメイトの助けでした。練習する姿を見ていたハウスメイトが1週間のヘルプ募集を見つけてくれて、ようやく現場に立つことができました。

1週間だけの現場でした。それでも、初めて任された1杯です。

 

なぜ金沢だったのか

帰国後、店主が選んだのは、地元・熊本ではなく金沢でした。

理由は、とてもシンプルです。

「なかったからです。そういう海外スタイルとか、浅煎りをメインとするお店が、2020年当時全くなくて」

もちろん金沢には、昔から喫茶店や自家焙煎の店があり、それぞれの場所で育ってきたコーヒーの時間があります。そこに、自分が飲んできた1杯を並べたい。山本さんが考えていたのは、そういうことでした。

オーストラリアにいるときから、帰ったら金沢で店を開くと決めていたそうです。東山というエリアに、はじめから強いこだわりがあったわけではありません。良い店を作れば人は来る。そう思っていたところに巡り会ったのが、この場所でした。

根底にあるのは、「金沢になかったものを、金沢の文化に重ねるように新しく作りたい」という思いです。

金沢にメルボルンのコーヒー文化を一方的に持ち込む、というよりも、金沢の日常の中に新しい選択肢を増やしていく。

「僕がメルボルンを愛しすぎていて、本当はメルボルンに今もいたいんですよ。でもそれができないから、自分のいるところをメルボルンにしたい」

金沢にメルボルンを紹介するのではなく、自分のいる場所をメルボルンにする。その生き方がそのまま店になっています。

 

「ホームの味」を、金沢で出す

(写真提供:店主の山本さん)

山本さんは今も、年に1〜2回メルボルンへ行きます。現地で飲み、トレンドを感じ、その体験を金沢に持ち帰っています。

コーヒーの味づくりについて、日本人の好みに合わせることは考えていないそうです。

「オーストラリアの人がここに来て、『これがホームの味だね』って感じてもらえること」

それがうれしいのだといいます。

浅煎りやシングルオリジン、メルボルンスタイルと聞くと、少し専門的に感じるかもしれません。けれど、「Nonstop Coffee Stand & Roastery」さんの1杯にあるのは、知識をひけらかすような難しさではありません。

知らなかった飲み方に出会うこと。

フラットホワイトより少し強いマジックを飲んで「これいいな」と思うこと。

産地や抽出だけでなく、カップの形やミルクの量まで含めて、コーヒーの楽しみ方が広がっていくこと。

山本さんがメルボルンで受けた驚きや感動が、そのままカウンター越しに手渡されています。

 

金沢の日常に、まだない文化を育てる

「Nonstop Coffee Stand & Roastery」さんは、観光地のにぎわいから少し離れた東山にあります。ふらりと通りかかるだけでは、たどり着かない人もいるかもしれません。

それでも、ここを目指して来る人がいます。

ここで器具を揃えた人、金沢を訪れるたびに立ち寄る人、メルボルンの味を思い出す人、そして、初めて「マジック」という1杯に出会う人。

山本さんがつくりたいのは、ただおいしいコーヒーを出す場所ではないのだと思います。

メルボルンで見た、やりたいことを持って生きる人たちのキラキラした姿。皿洗いから始めて、現場で少しずつつかんだバリスタとしての実感。どうしても好きで、今も通い続ける街の空気。その延長線上に、今のカウンターがあります。

金沢にすでにある文化を大切にしながら、そこにまだ少なかった選択肢をそっと足していく。自分のいる場所を、愛してやまないメルボルンにしていく。カウンターに立つ山本さんの姿からは、そんな意志が伝わってきます。

知らなかった味に出会い、遠い街の文化に触れ、またこの場所を思い出す。

その積み重ねがいつか、金沢のコーヒーの景色を少しずつ変えていくのだと思います。

INFORMATION

店名:

Nonstop Coffee Stand & Roastery

住所:

石川県金沢市東山2丁目6-2-3
(駐車場なし・近隣にコインパーキングあり)

営業時間:

不定期(Instagramをご確認ください)

定休日:

不定期(Instagramをご確認ください)

一人当たりの予算:

〜¥2,000

※記事内の情報は記事執筆時点のものです。正確な情報とは異なる可能性がございますので、最新の情報は直接店舗にお問い合わせください。

 

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WRITTEN BY
ほしのつづみ

ほしのつづみ

ライター

 これまでコーヒー専門店での経験を経て、現在は地域のお店を取材し、その魅力を伝える活動をしています。  お店を訪れると、店主の想いが空間や商品に形となって表れ、その景色に心を動かされてきました。  私は、その想いを読者に伝わる言葉へと変えていく「媒体」でありたいと考えています。金沢を拠点に、地域で挑戦するお店や人々の魅力を、丁寧に届けてまいります。